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亀卦川富夫の青年会議所時代
亀卦川富夫は昭和40年水沢JCに入会。爾来、昭和55年卒業まで青少年開発委員長、経営開発委員長、総務委員長、専務理事、岩手ブロック企画担当理事、日本JC政治問題委員などとして活動いたしました。昭和55年には17代目の理事長として「地方の時代」における地域開発に取り組み広域に目を向けた提言など行いました。青春時代はまさにJCライフを謳歌。また16年間例会無欠席を達成。これはいまだやぶられない記録です。
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| 水沢青年会議所のメンバーと共に |
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椎名邸にて |
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1971年3月水沢JCは東北新幹線の駅
誘致運動に取り組みました。 |
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長年運動の結果 1985年3月水沢江刺駅
として実現 喜びにわく水沢JCOB連。
祝賀会にて椎名素友議員と共に |
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1978年後藤新平像建立 後藤新平顕彰会
椎名悦三郎 名誉会長と共に記念撮影 |
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亀卦川富夫の秘書時代
亀卦川富夫は水沢JCの新幹線水沢駅誘致運動以来、椎名悦三郎先生の謦咳に接しておりましたが、昭和51年から当時自民党副総裁の椎名先生の秘書として政治の勉強に取り組み、昭和54年悦三郎先生の後を引き継いだ椎名素夫代議士秘書として研鑚を積みました。
この時代に学んだ多くの糧が、その後の地方議会議員としての活動に結びついております。
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| 椎名素夫議員と |
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焼石登山で汗を流す |
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亀卦川富夫の市議会議員時代
亀卦川富夫は昭和58年水沢市議会議員に当選。以後5期20年間水沢市および胆江広域圏発展に尽力いたしました。特に北上川流域テクノポリス圏域の課題など産業振興に努力。また、広域の火葬場一元化には胆江行政組合議会の行政調査会長として精力的に取り組みました。この間、水沢市監査委員、胆沢地区消防組合議会議員、副議長など歴任しました。
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亀卦川富夫の県議会議員としての活動
平成15年4月岩手県議会議員に当選。政和会(現、政和・社民クラブ)に所属し前期は県土整備委員として厳しい財政下での公共事業推進。後期は商工文教委員として高校再編問題や市街地再興などに尽力。産業振興など、懸命に県政に取り組んでまいりました。また岩手競馬組合議員として苦境に立つ競馬経営の再建に真剣に取り組んでおります。
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2005年3月開業20周年を祝して
テープカット(水沢江刺駅にて) |
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